チネローテル 映画感想ブログ

映画館で観た映画の感想を書くブログ

【映画感想】涼宮ハルヒの消失(ネタバレ有)_選んでしまったから、他人事ではいられない

皆さんは、『涼宮ハルヒの憂鬱』ご覧になられていましたか?

私は第一期のみリアタイしておりました。
オタクが割と受け入れられやすい今の時代の前、まだオタクが嘲笑・疎外・いじめの対象だった時代。周囲に合わせることが苦手でスクールカースト最下層でございました私は、同じくカースト最下層のアニメオタク・ゲームオタクの方々と仲良くさせてもらっておりました。その流れでアニメ好きの友人にオススメされたのが『涼宮ハルヒの憂鬱』だったと記憶しております。何の記憶だこれ……。

ただ、当時鑑賞した時は自らの幼さも相まってわけがわからない部分も多く……。主にSFまわりが難しかったのですよね。ただ覚えていることは色々あって、ハルヒが可愛いこと、キョンがひたすら喋り倒していたこと、長門の戦闘シーンとメガネを外した長門が可愛いことと格好良いキャラソンが印象に残っていたこと(セリフありの曲なんて!)、閉鎖空間を脱出しようとするハルヒとキョンの話が好きだったこと、あとはニコニコ動画で観た声真似の替え歌組曲などなど……。キャラソン文化を学んだ記憶がございます。うろおぼえではあるのですが社会現象レベルの人気でございませんでしたっけ、この作品。

ですが映画を観ようと思うほどにはハマらなかったため、本作はすっかり見逃していました。偶然時間ができまして、せっかくのリバイバルですしとチケットを購入したのでございます。

 

映画『涼宮ハルヒの消失』の感想です。

簡単あらすじ

涼宮ハルヒに振り回される毎日を送っている男子高校生・キョン。彼女を中心に巻き起こる常識破りの現象にも少しずつ慣れてきた頃、ハルヒはSOS団でクリスマスパーティを開催しようと意気込む。団員たちと共に買い物や飾り付けに勤しんでいたが、ある日キョンの前からハルヒが姿を消してしまう。行方不明ではなく、まるで最初からいなかったかのように、跡形もなく消失してしまったのだ――

※上記は、筆者チネローテル大家によるオリジナルのあらすじです※

Filmarks短評

評価:★★★★(星4)

 

ネタバレなし感想

■思ったよりも高度な話だった

なんかもっと日常アニメな感じかと思ったらかなり硬派だ!!

この内容を劇場版として上映したって本当ですか!? 

正直派手な場面はあまりないですし、それこそ前述の、TVシリーズにあった閉鎖空間に閉じ込められるエピソードの方がワクワク感は強いですし、なんというかしっかりSFしているというか、アニメアニメしている世界からそうではない、ドラマドラマした世界に飛ばされてしまったかのような感覚になる作品で怖かったです。画面の色合いもずっとくすんでますし。

一番に、キョンがこんな形で正気を失うというのがだいぶショッキングでした。どんなときでも「はいはい」「やれやれ」みたいな感じのキャラなのかなぁと思っていたので……。それだけハルヒのことが大事だったのかという話なのですが。

それ以外にも全体的にぎょっとするような話運びが多くて、画面雰囲気や劇伴も相まって妙に不気味で不安になるなぁと。詳細はネタバレに逃がしますが、本当に涼宮ハルヒの憂鬱から続く映画版なんですかこれ。人によってはトラウマになりそうだ。

 

■長い……

話の方向性や脚本の展開的に仕方ないのですが、長く感じる場面が多くて観ていてかなりしんどかったです。もちろん意図的にやっているのはわかるのですが。キョンの苦しみをこちらも味わっているかのような感覚になりました。嫌なホラー映画観ているみたいな気分になる……!! 涼宮ハルヒの映画ですかねこれ!? 本当に!?

 

ネタバレあり感想

注意
ここから先は、映画『涼宮ハルヒの消失』のネタバレが含まれます。
ご覧になる際はご注意ください。

 

 

 

なんて残酷な話なんだ

キョンはハルヒ一筋で、ハルヒ中心の世界を選んだ。それ以外の世界は切り捨てた。

これ凄まじく残酷ですよね。もちろんこれはキョン以外にも往々にしてありえる状況です。人生とは選択の連続とはよく言ったものですが、この映画は選択の重さをひたすら真摯に描いている。

極端なことを言えば、キョンは“普通”の世界の彼らを全員殺したようなもんですからね。選ばないとはそういうことなので、仕方がないのですが。
そして元の世界の長門に対して、この世界の長門を失わないためならどんな手でも使うと宣言する。つまりキョンは宇宙人である長門を選んだ。それ以外の長門は長門ではない……とまでは彼は言っていませんでしたが、自分の信じる長門を固定したと解釈してしまい、うおぉ……キツいな……と思いました。いえ私が勝手に辛くなっているだけなのですが。
キョンは少しずつ感情というエラーを得て変わっていく長門を肯定していたけれど、あそこまで変わってしまっては長門ではないと考えた。それはそうなのだけれど……。なんというか、選ばなかったヒロインへのアフターケア感というか……この言葉にできないもやもやをどうすればいいんだ。

古泉の言っていた、ハルヒは自分の属性しか見ていない、というセリフを思い出しました。キョンももしかしてそうなのではないか? と。もちろんハルヒほど極端ではないにせよ。でも、ハルヒのことは属性ではなくハルヒとして見ているんだろうな~と……。

でも選ばれる、選ばれないってそういうことだものな。苦しいな。とはいえここで普通の世界を選ぶキョンはキョンではないので、展開に不満があるということではまったくなく。なんなんでしょうねこのモヤつき。キョンもしんどかったのだろうな。でもハルヒのいない世界はもっともっとずっとしんどかったのだろうなぁ……。

 

ずっと暗くて辛い

キョンにとってのハルヒのいない世界って、こんなに暗くて色彩が薄くてジムノペディが流れ続けるような場所なんですか? そらしんどいすわ。ハルヒと再会してから露骨に画面が明るくなるのでほんま……もう……青春すね

しんどさが伝わる作画というか画面構成というか、さすがそこは京都アニメーション。派手さはなくとも繊細。いいですよね。懐かしさは感じるが古さは感じない。凄いなぁとしみじみ思います。これからも良い作品を作り続けていただきたい。

 

 

映画『涼宮ハルヒの消失』の感想でした。

鑑賞していて『<古典部>シリーズ』を思い出しました。主人公・奉太郎とヒロイン・えるの関係性がキョンとハルヒに少し似ている。もちろんミステリーとSFという形でジャンルは異なるのですがどちらも京都アニメーション作品なので、なんだか共通点を感じてじわじわきていました。
それにしても予想外の映画内容でした。涼宮ハルヒシリーズの理解できなかった難しさを今見直せばわかる気がしてうずうずしています。リバイバル企画に感謝でございます。

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