突然ですが、占い、信じますか?
私は五分五分です。現金なもので、良いことを言われればニコニコで信じますし、悪いことを言われれば自分の道は自分で切り拓くものだしこの結果は嘘! と屁理屈を捏ねてさっさと忘れます。あまりにも失礼である。
もう少しまともな言い方をするならば、参考にする程度にしている……といった感じです。何事においても占いのせいにしたくないという気持ちがどうしてもあるのですよね。いいことも悪いことも、自分の行動で決まっていたわけではないと思いたくない。万が一にでも今までの人生は天命に選ばされていた、確定した未来を歩いていただけだったと知ってしまったら暴れ出す自信があります。自分の意思を否定されたくない。
でも、そんな生まれ持った天命に抗うのが難しすぎる人生なのだとしたら、そう思えなくなってしまうこともあるのかもしれません。
映画「マッド・フェイト 狂運」の感想です。
簡単あらすじ
※上記は、筆者チネローテル大家によるオリジナルのあらすじです※
Filmarks短評
映画『マッド・フェイト 狂運』のレビューを書きました! https://t.co/EIyKVB1HTp #Filmarks #映画
— チネローテル大家 (@cinerotel) 2026年1月11日
かなり変な映画だとは思いますが、妙に刺さりました 好きです
評価:★★★★(星4)
※まあまあの暴力描写あり
ネタバレなし感想
■妙なコメディ感
本作、かなり変な映画です。
予告を観る限りですとシリアスでサスペンスな印象の強い作風に見えるのですが、実際はそれだけではなく、コントのような雰囲気が随所に見られます。
ノリとしては「僕は最強の占い師! だけどこのゲキヤバ青年の運気をいくら変えようとしても上手く行かないよ~!」みたいな。ほぼそのテーマで一本貫き通しています。音楽で笑わせに来ているシーンもちらほら。なので本格サスペンスものとかミステリーものを期待すると困惑するかもしれません。トンチキヒューマンドラマコメディの香りがする……。
■ロケーションと雰囲気の魅力
監督の前作(本国での公開順的には本作が先ですが)、「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」でも感じられた、街の雰囲気の素晴らしさが本作にも確かに存在しています。娼婦が働くアパートや、青年の両親が営む料理屋の雰囲気、それから占い師の占いそのもの。九龍城砦ほどの異質さはないにせよ、裏路地の空気感であったり町並みの質感であったりは本作でも感じられます。間違いなく魅力の一つでしょう。
ネタバレあり感想
ご覧になる際はご注意ください。
自己満足なのか、それとも隣人愛なのか
この映画、本当に変な映画なのですが、その個人的最も妙だろな点として、主人公の占い師の存在があります。
占い師は青年の運命を変えようと、時に無様に、というか登場シーンの八割くらい情けない感じでひたすら奔走し続ける話です。そのくせ凄まじい青年の運命強制力により対策したすべてが無に帰してしまい、こりゃダメかもと思ったら諦めかけて青年のところから逃げ出そうとするので本当に奇妙。何が凄いって、本作の話の流れは前述の通り「僕は最強の占い師、この青年の運命を変えてやる! あっコレむりダメだわ! でもやっぱ頑張る!」をひたすら繰り返すだけのワンシチュエーション作品なんですよ。もちろん細かいイベントはありますが大筋コレ。主人公がスーパー占い師であることは事実のようなのですが妙な人間臭さがある。
そしてその人間臭さの理由が、必要以上に不安にかられると両親のように発狂してしまう危険性があるから、というのもだいぶ変。占い師になったのも、狂わないために自分の運命をあらかじめ予測できるようにする的な動機だったのだろうと想像はできますが、できますが……修行の最中に狂いませんかそれは? 占いが外れ続ける時期とかなかったのでしょうか。もしかしたら天才だったのかもしれませんが。
とにかく占い師としては一流であるっぽいので、不確定要素にとにかく弱いという性質があるのでしょう。幸せ過ぎる恋人との生活を発狂しないために捨てる時点でもう何かがおかしい。幸せすぎて怖いから、幸せから逃げるという思考回路はだいぶ自分本位ではあります。
なのに占い師は、不確定要素だらけの青年のことを放っておけなくて運命に挑んでしまう。自分の力を過信した傲慢なのか、それとも今まで助けられなかった誰かの無念を晴らすための贖罪か自己満足か、あるいはただの隣人愛なのか……。自殺してしまった恋人への罪滅ぼしかと思ったのですが時系列的に恋人の死を知る前に青年と知り合っているので違うと思われます。でもどんな理由があるにせよ途中で逃げようとするし、挙げ句「君が死ねば解決!」とまで言い始める領域まで到達してしまう。怖い!
サイコパスを自称する青年より、だんだん占い師の方が異常に見えてくるのが本作の変なところでもあり面白いところでもあります。占いという、歴史はあるけど確証があるとは言い切れない手段に人生のすべてを委ねてしまった占い師の行動――冒頭の娼婦生き埋め儀式や、鳥かごの鳥を勝手に逃がしまくる作戦だったり、引っ越し先を独房風にしちゃう作戦だったり、色々と突飛過ぎる――は、世間一般の常識からはかなり外れてしまっていますからね。
でも占い師は自分の行動が青年のためになると信じて疑わない。その理由が自己満足なのか、あるいは崇高ななにかだったのかは私にはわかりませんでしたが……。立派なような、そうでもないような。最終的にヤケクソ感もある。人間臭いなぁ~。
CGの謎のチープさと若干浮いているBGM
本作がコメディチックに見えてしまう要因のひとつとして、CGが全体的に安っぽいことが挙げられます。雲行きが急に変わって雷がドカーン!(なんか漫画っぽい? しタイトルの出方も妙!) 雲がもくもく!(そんなもくもくする?) ぺしょぺしょの鳥の死体!(音楽のせいでここは完全にコメディ!) 妙に毛羽立った謎の猫(見るからに偽物とわかるクオリティ)!
ライティングやカメラワークなどは綺麗なので余計にチープなCGが目立ってしまうのです。もう少しなんとかならなかったのでしょうか……。
そして劇伴についてですが、それこそベートーヴェンの「運命」を筆頭に聞き覚えのあるBGMがいくつか登場するのですが……自分は映画の雰囲気から浮いているなあと感じてしまいました。妙に明るすぎるというか、なんというか。
展開の方向性はシリアスなのに、表現がコメディに感じてしまって、そこの不一致に、混乱してしまったのかなと思います。
生きるって、面倒だ
青年は結局運命に勝てたのでしょうか。
正直、勝てたと言えるようなものではないなと感じました。そもそも運命と戦っていたのかもよくわからない。彼が戦っていたのは自分自身。占い師に出会おうが出会わなかろうが自分と戦い続けるという現実は変わっていなかったでしょう。仕方がないとは言え環境にも問題がありますし。両親は青年を疎んでいるし、刑事は青年を付け狙い過ぎているし。刺激すな……気持ちはわかりますが……。
最終的に占い師が狂った=自分を犠牲にして青年の運命を引き取ったのかな、とも考えたのですが(自分は花であり実ではないとも言っていましたし、その運命を受け入れていたフシもありましたし)、そもそも青年にとっては占い師の占いが救いだったのではなく、占い師の存在自体に救われたというのが私の解釈です。運命のことはさておき、色々な手段や方法を教えてくれた人ですから。
それに、青年は当然ながら多くの人に疎まれていましたから、いうなれば「あんなに構ってくれた人」は占い師が初めてだったのではないでしょうか。理由もなく自分に献身する占い師に、実際青年は心を開いていましたし、だからこそ投げ出そうとする占い師に対して怒りをぶつけた。師弟ものというには歪ですが、そういう風合いが少しある作品でしたね。最終的には狂ってるやつにもっと狂ってるやつをぶつけるんだよで解決している感がありましたが。力技過ぎる。
それはそれとして、最後の最後、狂ってしまったのかぴょんぴょこ飛び跳ねる占い師のことを抑え込むような抱きしめるような青年の姿は見ていてかなりしんどかったです。
その後精神病院かどこかに収容されたらしい占い師のことを見舞っている青年の様子がありますが、これは間違いなく彼が自分の性質を飲み込み成長した証でしょう。そこで占い師が不吉なことを言うのに、ラストは口笛を吹いてどこか気楽な雰囲気で終わるというのも成長を感じさせる。
結局のところ青年にとって必要だったのは占いそのものではなくて、強引にでも傍にいてくれる誰かだったというだけの話だったのかな。この奇妙ながらも大切な日々を、青年はこれからも抱えて、好きなことを好きにできない面倒な人生を生きていくのでしょう。実際青年はもう生き物を害することはできないでしょうから。そんなことをしてしまったら、占い師の今そのものを否定してしまうことになるから。
面倒だけど、口笛吹いて歩いた先にはまぶしい光が待っている。
映画「マッド・フェイト 狂運」の感想でした。
余談ですが、今作の占い師、風水アイテムをひょいひょい用意していましたがお金持ちかどうかが結構気になりました。青年からお金を取っている雰囲気もなかったので慈善事業家? あまり成り立たなさそうな雰囲気がありますが。補助金とか出るのかなぁ……。あるいは一山当ててその資金で生きているのかな……。不思議な存在の占い師おじさんだった。
私はこの人にあんまり占ってほしくはないですね。いらん不安を植え付けられそうな気がする!