チネローテル 映画感想ブログ

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【映画感想】パプリカ(ネタバレ有)_夢の女と夢のような女と憧れを夢見て

眠っている際に見る夢。これは不思議なもので、どう考えても常識ではあり得ないことを私は常識と認識してしまいます。どうにも昔から明晰夢というものにてんで縁がなく、例えば「今日の夢の世界では空が赤く泡立ち、地面が黒く脈打ち柔らかく低反発で、自転車は瞬きの圧力で空を飛び、電子レンジが物をあたためるために凄まじい熱量で喋る」となっていればそうか~と思ってしまうのです。

とはいえ実際のところ私の見る夢のほとんどは奇妙な常識を浴びきったステキな悪夢などではなく、寝坊して会社に遅刻した上自分の座席がなくなっている……みたいな夢ばかりなのですが。夢の中でくらい夢を見させてくれてもよいではないですか、私の脳みそ……。

 

映画「パプリカ」の感想です。

簡単あらすじ

精神医療研究所の職員・千葉敦子。彼女は研究所で開発されたDCミニという機械を使い、他者の夢に入り込みパーソナルな問題を解決する夢探偵・パプリカという一面を持っていた。しかしある時、DCミニが何者かによって研究所から盗まれてしまう。盗難事件を期に、夢に呑まれ正気を失った職員たちが次々と現れ研究所は混乱に陥る。事態を解決するため敦子は研究所の仲間と共に犯人捜しに乗り出す。

※上記は、筆者チネローテル大家によるオリジナルのあらすじです※

Filmarks短評

評価:★★★★★(星5)
※性描写に近い表現あり

 

ネタバレなし感想

■“夢のような”ビジュアル、中毒性に満ちた楽曲

本作は荒唐無稽で常識外れの滅茶苦茶な夢に満ちています。それらを余すことなく描写している作画技術は脱帽の一言。賑やかな色彩も、不気味で背筋が凍るような描写も、現実離れした歪んだ世界も、普通のよくある日常における空気感も。異常は正常が描けていないことには表せませんが、本作は本当に凄まじい熱量と深みを描き切っている。正気の沙汰ではございません。映画館の大画面で観る迫力たるや、それこそ“夢のよう”でうっとりしてしまいました。

そして楽曲。今回私は再上映ということで初めて映画館で本作を鑑賞したのですがもう凄い。平沢進氏のポップでキャッチーで、電子ドラッグめいた不安と中毒性を併せ持つサウンドデザインの放つ世界観は本作に絶対になくてはならないものです。曲数自体はそこまで多くないはずなのですが過不足を感じません。どの場面においてもピッタリの楽曲が用意されている印象です。

 

■夢を扱った作品における圧倒的存在感

ターセム・シン監督の「ザ・セル」やクリストファー・ノーラン監督の「インセプション」など、人が睡眠時に見る夢に入り込む(厳密には「ザ・セル」は精神世界ですが)という題材を扱った映画作品はいくつかございます。どの作品も素晴らしく、上記二作については私も鑑賞済でしてどちらもかなり好きです。

ですが、本作はアニメーションという形態を活かして圧倒的存在感を放っています。実写ではほぼ不可能、あるいは難しい表現を、無限の描写の可能性を持ち合わせたアニメーションゆえに描き切っている。唯一無二ですね。

ただいくらやろうと思えば描けるといえ、やり過ぎです本当に。マッドハウス、どうかしている。

 

追伸:「パプリカ」は「インセプション」に影響を与えているという説があるそうですね。制作時期には確かに「パプリカ」の方が先(各映画の制作年月は「パプリカ」2006年、「インセプション」2010年。ちなみに「ザ・セル」は2000年)ではあります。原作を含めれば更に前ですし。そう言われるほど業界では知られた一作であるのは確かにそうかと……。描写の類似点も考えてみればいくつか思い当たるため、改めて見比べてみたいところでございます。「ザ・セル」はホラーに寄っているのですがこちらも改めて確認してみようかと。新しい発見があるかもしれません。

 

 

ネタバレあり感想

注意
ここから先は、映画「パプリカ」のネタバレが含まれます。
ご覧になる際はご注意ください。

 

 

 

オセアニア~を始めとする台詞回し

本作、一度聞いたら忘れられないセリフというかフレーズがたくさん。夢でめちゃくちゃにされた挙げ句の「オセアニアじゃあ常識なんだよ」というようなインパクトあるものから、「さあ参りましょう[…]夢の後始末に」などといったおしゃれなものまで色々。

個人的には時田ロボの「ややスパイスに不足。欠如はパプリカ?」が好きなんですよね。これはストーリー部分で後述するとして……どのセリフもなんというかこの手の設定重要系ストーリーだと陥りがちな説明過多になっていない、すっと頭に入ってくる印象があります。とはいえ頭に入ってきたところで理解できるかどうかは別の話なのですが

 

夢の女と夢のような女

主人公の千葉敦子とは、夢の女で、夢のような女である。私はそう感じています。頭もキレて美人で、けれどどこかつんとしているのにパプリカという一面もあるなんて……絵に書いたような、一度は出会うことを夢見てしまういい女性像といいますか。そして夢の中に存在する、自由奔放で明るくていい意味で人を振り回す、もはや振り回されたい美しい少女然とした魅力的で夢のような女性・パプリカでもあるわけで。こんな女性がいたら素敵だなあ最高だなあと思ってしまう。

当然彼女に憧れる、好意を寄せる人も出てくるわけで。刑事の粉川や黒幕に使われていた小山内など、そりゃあそうだよなあという。でも最終的に敦子が選ぶのはDCミニの開発者で研究員の時田なんですよね。とんでもない巨漢で、子供のまま大きくなった天才。

ゆ、夢……! 夢過ぎる! あまりにも夢。美人でデキる女である敦子が惹かれたのは、ベテランでナイスミドルで自分を危機から救ってくれた刑事でも、見てくれがよく敦子を尊敬する同僚でもなく、選ばれるのは大食漢でエレベーターから出るのにも苦労する、研究にはとにかく熱心だけれど他の部分では欠点も多い幼馴染。あまりにも夢物語ではございませんか。

だからこそすごくいいじゃないですか。こういうの。私は社会不適合者のきらいがあるオタク側としてこの映画を観ていますが、少し救われた気持ちになってしまうのは否めない。時田はとんでもない天才なので自分と重ねるなんておこがましくそんなつもりはまったくないのですが、どうしても応援してしまう気持ちがある。人間とはあまりにも単純……。

それはそれとして、前述の「ややスパイスに不足。欠如はパプリカ?」というセリフが好きな理由をここに記載させていただきます。
作中、パプリカという女性は敦子なのか別人なのかという話が多く出てきます。所長の島や粉川は敦子とパプリカを別人のような認識でいる印象があって(粉側に「パプリカ=敦子か」と問われた時に、島は「どうだろうなあ」とはぐらかしている場面がある、また粉側は敦子が時田に想いを寄せていることを知った後もRADIOCLUBでパプリカと会おうとしていたなどで個人的にそう判断)。小山内は特に最悪と感じました。パプリカを外面・皮と判断して剥がして中身=敦子を取り出している。
ですが時田だけは、敦子を吸収した後に「明確な欠如がある」と認識しています。つまりパプリカも敦子の一部だと考えている。敦子の内面を本当にわかってあげられるのは時田なんじゃなかろうかなぁと私は思いました。そのことが伝わるセリフだなと個人的に考えています。必要なスパイスなんですよね、パプリカは。

いい名前ですよね、パプリカ。ピーマンよりおしゃれに見える時期がある野菜。

 

ホラー表現

トラウマレベルでは?

こんなに怖かったでしたっけ。人形ケタケタといい、食い荒らされて外面だけになった人間といい、飛び越えた柵の先には何もない表現といい……「パーフェクト・ブルー」でもあったホラー描写がまた違った形で進化した印象でとても良かったです。「パーフェクト・ブルー」はヒトコワ感があって、今作は幽霊ホラーっぽいというか、夢ゆえの現実離れしたホラー感があってこちらもイイ。

人形表現については昔鑑賞した「イノセンス」を思い出しました。とんでもなく怖かった記憶があります。あの映画によって人形に対する恐怖心を植え付けられたこともあり、未だに見返せていませんが……去年の再上映でも観に行く踏ん切りがつかず。い、いつか必ず。

あの、人間の形をしたものが人間ではありえない動きをするのって凄く怖くないですか?

 

憧れの話

この物語は粉川が映画を観られるようになるまでの話でもあります。

憧れに押しつぶされて自分を殺して今を生きていた男が、忘れていた、嫌っていた憧れをもう一度観に行く。いいよなあ。いいですよね。ラストシーンも最高です。

誰かへの憧れとか、何かへの憧れとか、捨てようと思ってもずっとついてきてしまうものなのかもしれませんね。夢なんて見ないとやっていられませんから。

 

 

映画「パプリカ」の感想でした。

監督の今敏氏、亡くなられているのですね。あまりにも辛い。この方の作品をもっとたくさん観たかった。命削って作られていたと言われても納得できるような出来ではありますが……素晴らしい一作でした。サブスクでも見返して無限に味わっていこうと思います。そして、鑑賞のお供の料理にもパプリカパウダーをたっぷりと。

 

 

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