筆者が映画館での出来事や思い出についてゆるく書くシリーズです。
映画感想のストックがないときなどに不定期に更新されます。
今日のお話は「初めての映画館」。それではどうぞ。
初めての映画館で何を観たか、諸氏は記憶にあるだろうか。
私はスタジオジブリの名作「千と千尋の神隠し」だ。先日、金曜ロードショーでも放映していたようでSNSで感想や解説のテキストを目撃した。いまから20年以上前の作品だが懐かしいという思いはない。今でも定期的に鑑賞し直しているからだろう。それほど私にとっては思い出の一作である。
当時、私は小学生だった。時代相応のテレビっ子で、やれ「笑う犬」だとか、「トリビアの泉」だとか、そういうバラエティ番組を夜遅くまで画面に釘付けでいては、親に画面から離れて見ろだの暗いところで見るなだの注意されていた。まあ注意されればされるほどやりたくなるお年頃でもあったので、言いつけを守らず金曜ロードショーは終わりまで見ていたし、見事にメガネのお世話になった。
そんなある日、映画館とやらに映画を観に行く話が持ち上がった。私は地方のまあそこそこの田舎の出であり、コンビニに行くのにも車がないと心許ないような場所に暮らしていた。なのでそんな映画館なるものにとんと縁がない。強いて言うならば近所の文化会館で時折二本立ての映画の上映会が行われる割引券が校門前で配られていたので、ははあ、映画館というのは文化会館のことを言うのだなという認識で生きていた。だが親の言葉によれば、どうも文化会館ではないようなのである。
今は地方の映画館といえば何らかの商業施設とセットになっていることが多い印象だが、私が連れて行かれた映画館はなんでもない商店街の途中に入り口があった。記憶が正しければ随分狭い入り口で、地下に降りていくような怪しげなものだった。それこそ異界の入り口のようで、お化け屋敷が苦手だった私は入るのに相当躊躇した。親に手を引かれなんとか降りていったところで、既に1つのスクリーンの入り口があり、開かれた扉の前に立て札で「満席 立ち見のみ」と記載があった。今では到底考えられないことだが、映画館にはかつて立ち見というシステムがあった。しかも上映作は「ドラえもん のび太とふしぎ風つかい」である(今調べて気づいたのだが、この映画は2003年の映画であり千と千尋の神隠しとは上映時期が一致しない。地方ゆえに上映が数年遅れていたのだろうか。現在この映画館はもうないため確かめようがない)。果たして子供が約80分の立ち見に耐えられたのだろうか。
話が逸れたが、その扉を横目にもう一つのスクリーンの方へ向かった。今のようなネットでの予約システムなんてものは到底ないため窓口でチケットを購入してもらったはずだがそのあたりの記憶はあまりない。気づいたら大きな白い横長の四角の前に、なんだか席がずらずらと並べられている空間に連れてこられていた。確か座席の色はワインレッドだったような気がする。ふかふかのやつだ。もうこの時点で非常に情報量が多く、私は目を白黒させていたように思う。
だが、上映が始まろうとするや否や私は更に驚くこととなる。場が暗くなるではないか! しかも程なくして目の前の大きな四角になんだか明瞭な映像が出てくる。画面が大きくて近いのだ! 私は大層驚いてしまった。今までさんざ画面から離れて見ろだの暗いところで見るなだの言われていた、いわば常識というかルールというやつが見事に木っ端微塵にされてしまったのである。そして流れてくる音楽もとんでもなく大きいのでひっくり返りそうになった。
上映が終わり、呆然として映画館を後にした。言うまでもなく素晴らしい体験だった。何せ20年以上も経った今でもその記憶が思い出されるほどなのだ。その後誕生日プレゼントにサウンドトラックとDVDをねだったり、買ってもらったDVDを100回以上見返してセリフを空で唱えられたりしてしまうほどには思い出の一作となったわけである。
同時に私にとって映画館とは、日々の常識が通用しない無法の世界なのだという認識になった。悪いことをしても怒られない場所なのだと、文字通り異世界なのだと深く思い知った。そして、長い年月をあけて今、その魅力に改めて取り憑かれているのが現在となる。
あの時開かれた異世界への扉は、今もまだ私を待ち続けてくれている。
(了)