乾燥している。
もちろん空気の話もそうなのだが、私にとってはまた違う意味だ。干ばつ感。あるいは飢餓感。
理由は明白、映画が足りていない。映画館に今すぐにでも行きたいのに、労働による酷使がそうさせてはくれない。なぜ肉体とはひとつしかないのか。私がマッドサイエンティストなら、早々に分裂して仕事する私と映画館に通う私で交代交代に分担して二倍の労働力を得るのに。労働しなければ金銭が得られず、金銭がなければ映画館に料金を落とすこともできないため適度な労働は必要なこと自体は理解している。しているが、ここまで忙しくなるのは聞いていない……。
だが腹を立てているのは労働に対してだけではなく私に対してでもある。事実として、映画に割いていたキャパシティを労働に割くことによって労働の進捗自体が上がっているという現状が腹立たしいのだ。私は映画館に征くことを削りまでしないとロクな仕事ができないのか? 自らの限界に顔が引きつる思いだ。
証明しなくてはいけない。
映画館にどれだけ通おうと、労働における効率が下がらないこと。そして体調を大きく崩すことがないこと。世間とは信頼で成り立っており、その信頼を積むのは大変だが破壊するのは実に簡単だ。ゆえに、少しずつでも信頼を重ねねばならない。私はあくまで一般の会社員であり、映画鑑賞は趣味の範疇でしかないことを肝に銘じねば。
とはいえ将来的に、そうなくなることを願う。いつか映画鑑賞が何らかの生業に関わるような未来を願って、私は慣れない労働に沈んでゆくだけだ。……明後日こそは、映画を観に行けるとよいのだが。映画館の空気を吸えていない日々から出始めたこの口元のひび割れも少しはマシになるだろうから。
(了)